八頭町には、いつ頃から人が住み始めたのでしょうか。これまでに見つかった遺跡からすると縄文時代の後期頃からと考えられます。
私都(きさいち)の谷は、県内でも最も多くの古代の釜跡が見つかっている地域で、土器の一大生産地として知られているほか、国中平野では八上郡(やかみごおり)の郡衙(ぐんが)(古代の郡の役所)や古代の寺院(土師百井廃寺)の跡が発見されていることから、八頭町には古くから大きな勢力があったことが考えられます。

霊石山
また、町内にある約500基の古墳のうち約200基が霊石山・中山の麓(ふもと)に集中しており、この地が特別なエリアであることがうかがわれます。この地には、天照大神(あまてらすおおみかみ)降臨伝説(こうりんでんせつ)と白兎伝説が残っています。

白兎神社について


青龍寺社殿
八頭町福本の白兎神社は、人皇第55代仁明天皇(833~850年)が在位された期間に位を戴いたと伝えられ、明治元年に村社となり、大正3年に同町宮谷(みやだに)の賀茂神社に合祀(ごうし)されました。その後社殿は同町下門尾の青龍寺に移建され、今日に至っています。
内陣(ないじん)の厨子に彫られた波ウサギは江戸時代の作とされています。白兎神社の鳥居は安永5年(1776年)、額には文政7年(1824年)と彫られています。


白兎神社

青龍寺


神ウサギ


神ウサギ
八頭町には白兎伝説が色濃く残されていて、いにしえより白兎神への信仰が脈々と息づいています。白兎伝説の里・八頭町の象徴として現代に蘇(よみがえ)ったのがこの兎のオブジェ(神ウサギ)です。
神話の中で、オホアナムヂ(大国主命(おおくにぬしのみこと))の教えに従って元通りの体になった兎は、「あの八十神(やそがみ)たちは、けっして八上姫(やかみひめ)を手に入れることは出来ないでしょう。あなた様が手に入れられるでしょう。」と予言しました。
すると、この白兎神である兎の予言通り、八十神たちに求婚されると、八上姫は、「私はあなたたちの言うことはききません。オホアナムヂの神様と結婚いたします。」と返答されました。
そして、大国主命と八上姫の恋のキューピットが因幡の素兎(シロウサギ)とされ、そのゆかりの地のひとつが、八頭町福本にある「白兎神社」です。